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History of Sankouji

三光寺の縁起

約千年前、この地に一筋の光が降り立った。

その神秘の光は人々を導き、 霊山として崇められ、 やがて熊野信仰が根づく。

滝より現れた観音様、 洪水による荒廃、 そして夢のお告げによる復興。

幾度もの時を越え、 人々の祈りによって受け継がれてきたこの場所は、 今日もなお、多くの人々の心の拠り所となっています。

どうぞ、三光寺の始まりから現在へと続く、 千年の祈りの歴史をご覧ください。

History

千年の歩み

History Timeline

約1000年前

 光の伝承

夜空から尾を引く光が山頂へ降り立ち、霊山として崇められるようになりました。

約1000年前

 高水三所大権現 創建

熊野三所大権現を勧請し、高水神社の始まりとなりました。

約200年前

 乳房観音 出現

滝壺から金色の観音様が現れ、そのお姿が岩肌に刻まれました。

江戸時代後期

 三蔵院 流失

大洪水によって三蔵院は流され、祈りの場は長く眠りにつきました。

昭和初期

 妙眞法尼のお告げ

夢のお告げによって荒廃した跡地が再び整えられました。

現在

 今も続く祈り

千年受け継がれた信仰は、今日も多くの人々の心を支えています。

1.光が降りた霊山

今から約千年前、この地は「高水村(たかみずむら)」と呼ばれていました。

村の人々は、巨石が並び立つ山の頂へ、夜空から尾を引く一筋の光が降り立つ様子を目にしたと伝えられています。

その光が現れた後には、山頂に不思議な火が毎夜灯り続け、人々はその山を神聖な場所として崇めるようになりました。

この神秘的な出来事が由来となり、この地は「清き尾の光」にちなみ、「清尾(せいのお)」と呼ばれるようになったと伝えられています。

千年の時を越えた今も、その山は変わることなく人々を見守り続けています。

2.熊野信仰が息づく山

夫婦岩
市指定文化財 夫婦岩

その後、紀州牟婁郡川谷郷(現在の和歌山県)より、藤井主馬という人物がこの地を訪れました。

彼はこの山に深い霊験を感じ、熊野三所大権現を勧請し、「高水三所大権現」としてお祀りしました。

こうして山の麓には伽藍が建立され、現在の高水神社の始まりとなりました。

山頂にそびえる二つの巨岩は「夫婦岩」と呼ばれ、御神体として信仰されるとともに、高水神社の奥の院として今日まで大切に守り継がれています。

また、夫婦岩は周南市指定文化財にも指定されており、古くから修験者が入峰修行を行う霊場でもありました。

自然そのものを御神体として敬い、山に宿る神仏へ祈りを捧げる信仰は、今なおこの地に息づいています。

3.滝より現れた乳房観音

高水神社の境内には、清らかな滝が流れる「三蔵院」という坊がありました。

文政三年(1820年)、その滝壺から金色の観音様が現れたと伝えられています。

人々はその尊いお姿を滝の傍らの大岩に刻み、深く信仰するようになりました。

これが現在もお祀りされている「乳房観音」です。

乳房観音は、母なる慈悲を象徴する観音様として、古くから女性を守護する霊場として篤く信仰されてきました。

子宝、安産、母子健康、子育て成就、婦人病平癒などを願い、県内外より多くの方々が参拝されています。

乳房観音の傍らには、子どもを守護する鬼子母神もお祀りされ、母と子の幸せを願う祈りは、今もなお絶えることがありません。

滝の音に包まれたこの場所は、命の尊さと慈悲の心を静かに感じられる、三光寺を代表する祈りの聖地となっています。

4.祈りの地を襲った大洪水

江戸時代後期、大雨によって滝が氾濫し、三蔵院の堂宇は激しい濁流にのみ込まれました。

長い年月をかけて築かれた伽藍は失われ、人々が祈りを捧げてきた場所は深い静寂に包まれます。

それでも、滝は変わることなく流れ続け、乳房観音が刻まれた大岩も、この地の歴史を静かに見守り続けていました。

祈りの火は消えたかのように見えましたが、その信仰が失われることはありませんでした。

5.夢のお告げによる復興

昭和の初め、九州で修行を重ねていた妙眞法尼は、ある夜、不思議な夢を見ます。

夢の中で滝から現れた白髭の翁は、こう告げました。

「滝に流され、人々の参拝が絶えた神社の旧跡がある。その地を整え、神仏をお祀りし、人々の心の拠り所として再び興しなさい。」

妙眞法尼にとって、その土地は縁もゆかりもない場所でした。

しかし、お告げを信じ、夢で示された地を訪れると、そこはまさしく荒廃した三蔵院の跡地でした。

法尼は荒れ果てた土地を整え、一から伽藍の再建に尽力します。

こうして失われていた祈りの地は再び息を吹き返し、「三蔵院」は三光寺と名を改め、新たな歴史を歩み始めました。

6.現在へ受け継がれる祈り

現在の三光寺では、御本尊である釈迦如来をはじめ、百余体の諸仏、三十余柱の諸神がお祀りされています。

なかでも、古くから篤い信仰を集める高水不動尊は、多くの参拝者の願いを受け止め、人々の心の支えとなっています。

また、夫婦岩、乳房観音、弁才天、滝不動明王など、それぞれの祈りの場には今も多くの人々が訪れ、家内安全、厄除け、子宝・安産、商売繁盛、開運招福など、さまざまな願いを捧げています。

千年前、一筋の光から始まったと伝えられるこの祈りの地は、時代が変わってもなお、多くの人々の心に寄り添い続けています。

自然への畏敬の心と、神仏への感謝の祈り。

その尊い心は、これからも三光寺の歴史とともに、未来へ受け継がれていきます。

7.水神信仰と弁才天

三光寺は、豊かな湧水と滝に恵まれた霊地として、人々に「水の聖地」としても親しまれてきました。

境内を流れる滝の水は、古くより生命を育み、田畑を潤し、人々の暮らしを支える恵みの水として大切にされてきました。そのため、この地では水を神聖なものとして敬い、自然への感謝と畏敬の心を受け継いできました。

境内の池は、その霊水を引き入れて造られたもので、中央には弁才天がお祀りされています。

弁才天は、もともと水を司る神として信仰され、後に財福・芸能・学業・智慧・良縁を授ける福徳の神として広く信仰されるようになりました。

三光寺は、周南七福神霊場の札所としても知られ、多くの参拝者が弁才天に福徳円満や商売繁盛、芸道成就、学業成就などを祈願されています。

毎年五月四日・五日には、水の恵みに感謝し、自然との共生を祈る「水神祭り」が厳修されます。

四日には、三十二種の香薬を用いて弁才天をお清めする秘法 「弁才天三十二香薬洗浴加持(香水加持)」 が執り行われます。香り高い香薬で弁才天を洗い清め、その功徳を参拝者にも授ける、古くから伝わる厳粛な法要です。

そして五日には、境内に柴を積み上げて火を焚く 「柴燈大護摩供」 が厳修されます。燃え盛る炎に諸願成就を祈り、不浄や災厄を焼き尽くした後には、「火渡り」が行われます。火を渡ることによって心身を清め、新たな一年の無病息災や家内安全、開運招福を祈願します。

水と火という、古来より生命を支える二つの大いなる力に祈りを捧げるこの法要は、三光寺を代表する年中行事として、多くの方々に受け継がれています。

8.夫婦岩(周南市指定文化財)

夫婦岩は、古くから高水神社の奥の院として崇敬されてきた御神体です。

両岩は金胎大日如来として信仰され、真言宗醍醐派快照院により毎月一日・十五日に入山修法が行われ、九月には注連縄を張る祭式も伝えられています。

これらの歴史から、この地は古くより修験道の霊場として、多くの修行者が訪れた聖地であったことがうかがえます。

9.子宝・安産の乳房観音

文政三年(1820年)、滝壺より現れた金色の観音様のお姿を、大岩に刻んだことに始まる「乳房観音」。

そのお姿は二百年以上にわたり、この地で人々の祈りを静かに見守り続けてこられました。

乳房観音は、その名のとおり母なる慈悲を象徴する観音様として、古くから女性を守護する霊場として篤く信仰されています。

特に、

  • 子宝祈願
  • 安産祈願
  • 母子健康
  • 子育て成就
  • 良縁祈願
  • 婦人病平癒
  • 家族円満

に霊験あらたかであると伝えられ、山口県内はもとより県外からも多くの方々が参拝に訪れます。

乳房観音の傍らには、子どもを守護する鬼子母神もお祀りされており、お子様の健やかな成長や、ご家族の幸せを願う祈りが今も絶えることはありません。

静かな滝の音に包まれたこの場所は、命の尊さと母なる慈悲を感じる祈りの聖地として、多くの人々の心の拠り所となっています。

光明殿内 右)乳房観音、左)鬼子母神