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『山修行の第一歩』小話

 先月お話した山岳信仰は、古代では自然の恵みに対しての純粋な感謝であったり、敬意であったと言われています。後に密教や仏教と結び付き、様々な形態で現代まで受け継がれていく事になりました。

 修験道大峰山の修行者は「慚愧懺悔六根清浄※ざんきさんげろっこんしょうじょう」という掛け声と共に山を上ります。

 慚愧懺悔とは、自らの過ちや罪を思い返して反省する事、六根清浄とは眼耳鼻舌身(五感)と意(心)を清らかにという意味です。
うちで滝行をしたことがある人は、聞きなじみ、いや、既に言いなれた文言かもしれませんんね。

一歩踏み出し慚愧(過ちや罪を思い返し)、
一歩踏み出し懺悔(悔い改める)。

命ある間はその繰り返し。

 カメラのレンズは、汚れたり曇ったり歪んだりすると、見たい対象の真の姿は写せません。
ぼやけたり曲がったりする様に、眼などの感覚を通して得た情報も、それを受けた心のレンズが曇ったり歪んだりすると感じた情報も歪んでしまい、正しい判断が出来なくなるのです。8月にお話した、心に付いてしまう垢と同じです。

 自然の中であらゆる感覚(景色、音、香、味、触感)を曇りなく受け入れる。

 そして大自然の中に生かされて生きていく事に純粋に感謝をする。日常で鈍ってしまった人間本来の感覚を山は思い出させてくれるのです。

 三光寺の裏山(夫婦岩)は、県内にあったお寺《醍醐派》が毎年9月に修行に使っていた修験道場でした。

 今後、夫婦岩で修験道の体験を皆さんとぜひしたいなと、計画しておりますので、よかったら参加してみてくださいね。

合掌